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Diario

2005年9月2日

8月の休暇は、母の初盆のため、しばらく実家の福岡に帰省していた。3週間の滞在の予定だった。独りぼっちになってしまった父と、久しぶりに一緒に過ごすことになり、きっと静かな休暇になるだろうと予想していた。ところが休暇1週間前になって、私が実家に滞在中に子供たちを預かってほしいという電話が、妹からかかってきた。10日間、甥っ子たちが泊まりに来ることになり、結果的に、子供の面倒で、毎日をとても忙しく過ごすことになった。それは、私が今までに経験をしたことがない想像以上のものだった。2日目の朝、起きるとすぐ、その日一日の計画を作った。今日からは、昨日のような日を送ってはいけない!と心に決め、一日がスムーズに過ごせるように、まず、その日の計画を考えた。計画というよりも、段取りといったほうがいいかもしれない。何をして甥っ子たちと遊ぼうか、食事の献立は何がいいだろうか、勉強はいつどのくらいさせようか、テレビやビデオは何分ぐらい見させていいのだろうか、その間にお守番させて買い物なんてしてしまっても、子供たちは、大丈夫だろうか。。。一日の仕事すべてをこなす為には、頭を働かせて、アイデアを出さなければならなかった。母のことで悲しみに浸っている余裕などないぐらいの忙しさだった。
実家の隣には大きな公園がある。大濠公園といい、いつもジョギングやピクニックをする人々で賑わっている。たまに、団体の観光客も来る。福岡城跡地の真横で、お濠が今では、大きな池となって亀や魚、そして、アヒルや、鴨もたくさん住んでいる、福岡を象徴する公園だ。私が、小学生のときは、そこが、マラソン大会の会場だったし、幼いころは、よく両親に遊びに連れてきてもらっていた。公園の中の池の真ん中にある二階建てレストランは、もう何十回、両親に連れられて入ったことだろう。。それに、母は、毎朝自転車で公園を横断して出勤していた。
私と甥っ子たちは、ほとんど毎朝10時ごろになるとそこへ朝の散歩をしに行っていた。しかし静かに散歩できるはずもなく、ブランコに一緒に乗ってとせがまれれば、かわいい姪のために立ちこぎを必死にする私だった。セミやトンボを捕まえに行ったり、鯉にエサをあげたり、犬を散歩している人たちと喋ったり、(炎天下の中の、セミ探しには、私も疲れ果ててしまったが、)それでも、家の中にばかりいるよりも、外で元気に過ごしたほうが子供たちにために良いような気がした。夕方になると、少し家のお手伝いもさせてみた。学校から夏休みの宿題として、家でお手伝いをするように言われているらしく、彼らのお手伝いも考えないといけなかった。やはり、1年生になる姪っ子は、女の子だから、エプロンつけて、お料理がしたいらしく、コロッケ、餃子、それに、ケーキもいっしょに作った。2年生の甥っ子は、もう、ずいぶん厚くて、難しい本も読めるようになったが、内容をきちんと理解できるように、時々、本の話の内容を確認してあげないといけなかった。読み終えれば、感想文も書いて、提出しなければならないらしかったので、聴いている私も必死で、常に、彼の読み声に耳を傾けていなければならなかった。私にとって、今まで、一度も経験したことがないような、、、、正直、ちょっと疲れ気味。
子育てという大変な仕事を一挙に一人っきりで、引き受けることになったのだ。
「子育てをし始めると、パソコンなんて開く時間もないよ。」といっていた、親友のまことの言った言葉が頭に思い浮かんだ。まさにそのとおりだった。しかし、子供は、かわいがれば、かわいがっただけ、なついてくれる。必死に頑張っている私を、ちゃんと見ている。5日目には、お母さん代わりをきちんとこなしていた。時々私を呼ぶのに、「ねぇ、ママ、、、、、あっ、間違えちゃった!」
なんていって、照れるのだった。私の言うことをよく聴いてくれるようになったし、とても信頼されているのを感じた。子供って、大変だけれど、かわいいって、この言葉もよく耳にする言葉だが、その意味がわかったような気がした。

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