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Diario

2005年2月10日

フラメンコの修行のためにスペインへ渡ったわけだが、踊りの世界というのは、競争社会なので仕事仲間はできても、そこで友情を育むことは難しかったように思える。仕事仲間というのは、リハーサルを通して1つの舞台を作り上げていく過程で急速に短時間で密接な関係を持つけれども、仕事が終われば、そのあとはあまり会うことも話すこともしないのが普通でとてもあっけない。つまり、仕事仲間というのは潜在的なライバルになるから仕方ないのかもしれない。14年間のスペインの生活で思うことは精神的な安定の維持のためには、利害のない関係がものすごく大事になる。それは、近所に住んでいる人だったり、空港で長い行列を作っているときに出会った人だったり、犬の散歩をしているときに出会った人だったり、、、。利害関係なしに、なんとなく波長があって一緒にいると楽しいから、今度一緒にご飯を食べようと誘いたくなる。という人間関係を自分から積極的に作ってきたつもりだ。今別れたら一生会うことも親密になることもないという人と食事に誘ったり、家に招待する、または招待される、というのは本当に損得抜きの関係。私はいつでも おかえりなさい。と温かく迎えてくれる人たちが、スペインには何人かいる。私がフラメンコ舞踊家であることなんて、あまり関係がない人たちだけれど、私にとってはとても大事な友達だ。信頼できる友達の条件と聞かれたら、それは、その人の姿勢だと思う。価値観はあまり関係ない。フラメンコについて語れば、とても話があって、面白いのに、お友達になりにくい人はたくさんいた。私のそういったお友達の中には、私には、とうてい理解できないような生き方をしている人もいっぱいいる。家族とうまくやっていけない、でも仕方なく一緒に住んでいる人や、仕事場では本当の自分を抑え、会社のために毎日を淡々と生きている人もいる。だけれど、その人は、人間的にとても信用ができたり、尊敬できる部分があったり、その人の話すことに耳をかたむけ、話をすれば理解しあえたり、私のいうことにも耳をかたむけてくれる。。。その人の人間性みたいなものだと思う。私と同じような考えを持っている人なんてこの世にはいないと思う。同じ人なんていないと思う。容姿がそれぞれ違うようにバックグラウンドが様々であるように学歴が様々であるように価値観も何もかもすべてが違うのもとても自然なことだと思う。だけど許せる。だけどこの人は信用できる。この人は私を大事にしてくれる。そんな人が、私にとって大事な人であり、本当の友人なのだ。スペインの生活では、いろいろあったけれど、人にパーフェクトを認めないことは、当たり前のことだと感じるようになった。欠点だらけの私が人に何をもとめることができるだろうって。お互いの欠点を指摘して、それを直すように求めたり、自分の欠点を隠して付き合ったり、そんな人間関係は本当の友達でないような気がする。しょうがないけど許せる。それが友達だと感じる。なかなか恋愛の相手にそれをすることは難しい。今の私にはできないこともあるだろう。甘えが生じたり、独占欲、嫉妬心も入り込んでくるから。。。でも、友達にはそんな感じで付き合っていくようにしている。相性や波長が合うから、お互いを大事にするから、なんとなくお互いがうまくいくように小さな調節なんかが生まれたりしてね。これからも一緒にいて楽しい人たちとできるだけたくさんの時間をすごしたいと思う。孤独を感じた時期は、私にいろいろなことを学ばせたと思う。

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