Diario
2004年3月21日
瞑想を止めた大きな理由は、愛犬のルーシーの死が原因だった。
彼女の死は、あまりにも突然すぎた。そして、心から愛している身近な存在を失うということは、私にとって、今までに経験したことがないショックな出来事であった。
今は、彼女を思い出して、泣き崩れてしまうことはなくなったが、一日に一度は、必ず思い出し胸が苦しくなる瞬間がある。
そして、そんな時は頭に浮かぶ彼女の姿を無理やり消してしまうことで、私の実生活に戻ることができる。
きっと、誰もが愛する存在を無くしてしまったときに体験することであり、残されたものに課せられた、そして、乗り越えていかなければならない定めなのだろう。
愛する存在を無くしてしまったその原因は、様々に違いないが、私の場合は、確かに残酷であったし、私の無責任さが、彼女の死を早めてしまったということは、私は一生後悔し続けるかもしれない。
だから、あの事件以来、瞑想をしていると、彼女のことが頭いっぱいに広がり、彼女との思い出がいろいろよみがえってくる。瞑想をし続けることが不可能になり、中断しなくてはならなくなることが、度々続いて以来、すっかり瞑想をすることを止めてしまった。
すでに、瞑想しない生活が、8ヶ月間も続いている。
それによって私の生活に支障があったようにも思えなかった。
スペインでの生活は、舞踊団の仲間といる時間がほとんどであるし、巡業にも出かけるように努めていたので、旅に出ている間は、彼女の事をあまり考えずにすんだ。
ただ、家路に着く度に、家のドアを開けることが、とてもつらく感じられることはあった。
そんな時、イタリアで、フラメンコのクルシージョをしてくれないかという依頼があった。
舞踊団を通して入ってきた仕事だったが、気を使ってくれたメンバーの一人、レティシアが、私が行けるように推薦してくれた。
翌日、私が行くことを知らされた。
イタリアか・・・。好きな国のひとつだし、気分転換にもなるかもしれない。
イタリアへは、昔から縁があって、何度も行ったことがある。スペイン語もかなり通じるところがあるし、なんといっても、国民性がスペイン人に似ているので気が楽だった。
電話でカミラというスペイン語を話すイタリア人の舞踊家と連絡をとって、クルシージョの内容を決めた。
あまり、基礎的なテクニカには、興味がないようだった。
振り付け中心のクラスをするということで合意した。アレグリアスとタンゴをすることに決めた。
その理由は、イタリア人の陽気な雰囲気では、まず、シギリージャのような暗い曲をすると、うまく踊りにのめり込めない人が多く出てくるからだ。
特に、フラメンコを始めてあまり年月が過ぎていない人たちは、メロデイーのゆっくりしたところや、曲の暗さに飽きてくるのである。
クラスに参加するすべての人たちがそうだというわけではないが、国によってその国民性が、凄く現れるのはどこの国にいってもである。
教えているとそういうことに気がついてくる。
中には、どの曲を選んでも、上手に自分の感情を表現しながら踊れる人が、少なくともクラスの中に一人ぐらいはいるものだが、そういう人は、かなりフラメンコに興味があり、フラメンコに親しむ年数を重ねている人たちの場合が多い。
初めのうちは、踊りやすい、自分に合うものを選べばいいと思う。
自然とすべての曲が踊れるようになるからだ。無理をしないのがいい。
私は、彼女たちに教えやすい曲を選んだが、カミラはそれでいいといってくれた。
来月の今ごろはイタリアにいる...。早めに、エアチケットを予約しないといけない。
スペイン人は、この時期よくイタリアへ旅行するから、キャンセル待ちになる恐れもある。
明日の午前中に、旅行会社に行って、予約しよう。

