Diario
2003年7月4日
今年の日本でのブルーノート公演を「ガルシアロルカの詩をテーマにしたものにしよう」提案したのは、彼が日本で、一番よく知られていて、もっともフラメンコに深くかかわってきた詩人の一人である。。と、思ったからだった。
彼に関する本や、作品を紹介したものは、日本でも、本屋さんにたくさん置かれている。
アンダルシア州のグラナダ出身であったロルカは、アンダルシアに住むジプシーたちを心から愛し、彼らについて数多く詩に託している。 ジプシーと深くかかわりを持った、スペインでは唯一の詩人だったと、言える。
パコ モンテマジョ−ルも、その意見には賛成だった。あとは、じっくリ構成を考えていく必要があった。
ブルーノートの、ステージは、特殊に思えた。ライブハウスではあるが、フラメンコのタブラオ式とは、雰囲気が違う。ゆえに、それプラスアルファの、舞台構成をする必要が感じられた。小さな劇場風なのだが、幕や袖幕もなく、それに、それだけのステージの広さもあるわけでもなかったので、劇場風にするわけにもいかず、構成にはずいぶん手間がかかった。
この2ヶ月ほどは、いろいろ試行錯誤しながら、リハーサルに多くの時間を費やしていた。
最終的に、タブラオ形式だが、劇場風の華やかさを加えて、また、ショーがとぎれないように、ストーリー性を加えて、つないでいくことに、決定した。
つなぎには、ギターでファルセータ「ギター独自のメロデイー」を、次にくるテーマの雰囲気にかかっていくように入れ、踊りにも少しストーリー性を持たせて、ちょうど、バトンタッチの、リレー式のようにした。
そうすることで、袖幕の問題は、克服された。
ファルセータは、ギターリストのオリジナル作品。
ロルカの詩にふさわしいメロデイーを、作ってもらうようにした。
歌い手は、70分間ロルカの詩だけを歌う。詩は、1文字も省略せずに、すべて歌い上げることを要求した。
それは、とても難しいことだし、今までそれを試みた歌い手はいないと思う。
すべての詩をフラメンコ化することは、とても難しいことだったに違いない。
また、それだけの詩をすべて覚えて、踊りに合わせて歌うのも大変だったと思われる。
そして、今日は初めての、歌い手、ギター、踊り手の合同リハーサルとなった。
この住所は、セビリアに住んでいたときに書き留めたものに違いなかった。
しばらく、その住所を眺めていたが、パコとシルビアのもののように感じられた。
名前は、書かれていなかった。
すぐにセビリアの地図を探して、その通りの名前を調べてみると、彼らが住んでいた地区の通りの名前だった。
彼らの住所に違いないだろう。
でも、いまさら、連絡を取るなんて・・・
それから、3年以上が過ぎた。
来月はクリスマスという時期だった。
イスラエルの友達から電話がかかってきた。
もう、7年も会っていない友人からだった。マドリードに遊びに来ていたときに、偶然、町で話しかけた人(ヘブライ語を耳にしたということで、話しかけたそうだった。)と話をしているうちに、お互いが、私を知っているという話になって、コルドバの私の連絡先を聞き出したということだった。
私はその奇妙ないきさつに、ただ驚くばかりで、なんだか信じられないことだったが、7年ぶりに電話をしてきてくれて、話ができるなんて、とても嬉しかった。
それに、話しをし始めると、昔のようにお互いに気楽に親しく話せ、とても嬉しかった。
その夜、パコとシルビアのことが思い出された。
クリスマスカードを書いて、彼らに送ろうと、決心した。
カードというよりは、手紙のようになってしまった。
カードには、文が入りきれず、白い紙をカードのサイズに切って、カードの中に3枚のページを作ってしまうことになった。
古い日記帳の発見のことも書いた。
自分の、率直な気持ちも書いてみた。
彼らは、11年たった今でも、私のことをおぼえているだろうか・・
まさか、同じアンダルシアにいるなんて、思っていないだろうな・・
いまさら、手紙なんて・・って思うだろうか。
私は思い切って、ポストの中で手を離した。
もし、住所が今も変わっていなかったら、2日で彼らの手に届くだろう。
もし住所が変わっていたら、名字を書いていないから転送はしてくれないだろう。
そうなると、1週間以内に私のところへ戻ってくるだろう・・・
しかし、10日が過ぎても、その手紙は戻ってこなかった。
彼らの元へ、届いたに違いない。
しかし、2ヶ月がたっても、3ヶ月がたっても、返事は来なかった。
あれから、半年が過ぎた。
私も、手紙のことは忘れていた。
というより、余り考えないようにしているうちに、忘れかけていたのだった。
3月ごろから、踊りの仕事も忙しくなった。留守をすることが多くなっていることもあり、コルドバの友達も、前は私に会うたびに、もう返事は届いたかと、たずねていたが、余りにも返事が来ないので、もうたずねなくなっていた。
ある日、映画を見に行ったとき、シルビアのことが、頭によぎって見ている映画に全然集中できなかった。
胸騒ぎがした。
彼女に何かが起こっているような、悪い予感がした。
彼女に会わなくては。。。
その夜、私はほとんど眠ることもなく、朝を迎えた。
ちょうど、その日のリハーサルは午後の6時からだったので、思い切って新幹線に乗り、セビリアへ向かうことにした。
古い日記帳に書き記された、住所だけが頼りだった。
午前11時に、到着した。
カフェテリアに入って、朝食をとった。
昔、セビリアでよく食べていた、パンのトーストが出てきて、懐かしく思えた。
セビリアとコルドバでは、パンの種類が違った。
彼女と再会することを考えていた。
彼らに会えないという心配は、なぜかしなかった。
まるで、彼らとの待ち合わせの時間を待っているかのように、コーヒーを飲んだ。
バスに乗って、彼らの住んでいたマンションへ向かった。
懐かしい、通り・・・確かに、この住所は、彼らが住んでいるところものだった。
マンションの、入り口で、彼らの郵便受けを探した。
シルビアの名前が最初に書いてあった。
そして、彼らの子供達の名前・・・
でも、パコの名前はなかった。シルビアと子供達の、名字も違っていた。
私は、彼らが離婚をしたことを知った。
私は、深呼吸をしてドアのベルを鳴らした。
ラテン アメリカなまりの女性がドアを開けてくれた。
私がシルビアの古い友人だと伝えると、彼女はシルビアは、近くのマンションに、オフィスを移していて、午後の2時にならないと戻ってこない、と言った。
私は2時ごろまた戻ってくることを伝えて、マンションを出て行った。
彼女は、昼休みに家に戻ってくるのだ。
シエスタだから、5時までは、家にいるだろう・・・お昼ごはんを食べるだろうから、3時頃また行ってみようと思った。
私はそれまでセンターに行って、町を歩いてみた。昔よく食べに行っていたカフェテリアの、ランチを、食べに行くことにした。
よく行っていたお店なので、場所ははっきり覚えていた。
今も、存在していた。
店の中も、昔と、変わりなかった。鏡の横にかかっていたカレンダーの位置も昔と同じだったが、働いている人の中に、当時を思い出させてくれるような人はいなかった。
3時になって、またマンションへいってみた。
今度はすっかり大きく、成長した子供達、娘のシルビアとハビエルがドアを開けた。
「敦子、あなたのこと覚えているわ。元気にしていた?」
「とても、元気よ。まあ、私のこと覚えてるなんて・・・あなたは確か、5歳ぐらいだったのよ。覚えていてくれてうれしいわ。ところで、あなたの隣にいる背の高いハンサムな男の子は近所のお友達?私の知っている、ハビは、まだよちよち歩きだったけれど・・・」
「僕だよ、そのよちよち歩きだったハビっていうやつは。」
ハビは、シルビアとあまりかわらないほどの身長にまで、なっていた。
「僕は、残念ながらあなたのこと覚えてないけれど、ママがよくあなたのことを話していたし、僕があなたのひざに座っている写真は、今でもあるよ。ママが、あなたと話をするために電話をかけてきているから、電話に出てくれる?仕事先からなんだよ。電話は、寝室にあるから案内するよ。」
「いいわ。案内して・・」
2人は、寝室の入り口で、私の様子を伺っていた。
「もしもし。シルビア?」
「あつこ!元気?今朝、私の古い友達が、訪ねて来たって聞いた時、あなただってすぐ分かったわ。どうして連絡先を聞かなかったのかって、手伝いに来ている女性を叱ったのよ。2時になるのが、どんなに待ち遠しかったか・・今から、オフィスを出れるから、マンションの通りを北へ歩いてきてくれる?今日はカウンセリングの予約がいっぱいになってしまったんだけれど、40分休憩を入れたのよ。」
「いいわ。あなたにまた、会えるなんて、なんだか夢みたい。」
「この通りの途中で、ママに会えるわよ。」
娘のシルビアも、私達の再会を喜んでくれているようだった。
私は、急いで通りに出て、北へ向かった。
まもなく、シルビアの姿が目に入った。私達は、遠くのほうから、微笑みあっていた。
近くまで来たとき、走りよって再会を喜び合った。
「あなたにまたあえて、うれしいわ。」
「私もよ、シルビア。」
彼女は、昔と同じ髪形をしていた。
セミロングで肩のところでカットしていて、色は彼女の自然な髪の色で、薄茶色だった。
長身の彼女は、昔よりもやせて見えた。
私も、あまり体型が変わらないほうだったから、
「お互いに、外見で、びっくりさせてしまうようなことにならなくて、よかったわ。」
なんて、冗談めいたことを言った。
私達は、長い年月を超えた再会に、嬉しさと興奮で、何からしゃべっていいのか戸惑っていた。
ただ抱き合って「よかった」と、つぶやくばかりだった。
彼女の、オフィスの下の階にあるカフェテリアに入った。
「とても素敵なクリスマスカード、ありがとう。嬉しかったわ、とても。すぐに、返事が出来なかったのは、実は、私、バセドウ病で、入院していたの。シルビアが、あなたからの、クリスマスカードを届けてくれた時、本当に嬉しかったの。ベットの上においていたのに、身の回りの世話をする人が、中身だけ、棚の上に飾って、封筒を、捨ててしまったのよ。コルドバの電話帳にも、あなたの名前載っていないし、フラメンコのアカデミーにも、いくつか連絡してみたけれど、見つけられなかったわ。でも、きっとまた連絡してくれると信じていたわ。」
「それで、病気の具合はどうなの?」
「ホルモン剤は、一生のみ続けなければいけないけれど、バセドウ病は治ったわ。1ヶ月前に、退院したばかりよ。」
「昨夜、あなたのことが、頭から離れなくて、何かがあなたに起きているに違いないって、感じたの。それで、今日、思い切ってあなたを、訪ねることにしたのよ。11年も、あなたに連絡を取らなかったから、もう私のことなんて、忘れていると思ったけれど・・・」
「私達の友情は、本物だったはずよ。何年たってもそれはかわらないはずよ。私はきっとあなたからいつか、連絡があるって、信じていたわ。」
「そうね、あなたが言っていることが正しいわ。」
30分ぐらい話をした。
パコとの離婚も本当だった。彼らが一度、激しいけんかをしたことが、思い出された。
彼女は、そのころから、別れが訪れることを、予感していたと言った。
まだ、裁判中で精神的に疲れているといった。
複雑に争っていて、離婚がまだ成立していないようだった。
彼女のお父さんは、1年前に癌でなくなって、お父さんの死とパコとのことでストレスがたまり、病気になってしまったと言った。
彼女の目は、バセドウ特有の目をしていた。
知らない人が見ても、気づかないのだが、同じ病気をした私には、それがわかった。
彼女の心の傷の深さが、うかがわれた。
彼女は、また仕事に戻らなければならなかったし、私も6時からのリハーサルを控えていた。
来週、また会うことを約束して、私達は別れた。

