Diario
2003年5月25日
新しい家に引越しをした。
ここ1週間は、荷物の整理などで夜中の2時ごろまで起きている日が続いていた。
今までは、3つのベッドルームがある広いピソ(いわゆるマンション)に住んでいた。
昔の恋人のお姉さんが大家さんだったので、半額ぐらいで安く借りていたが、この度、新しく改築して売りに出す事になり、出て行かなくてはならなくなった。
ここに住んでから4年が経っていたので、近所の人達もよく知っていたし、買い物もいつも近くで済ませていた。だから、実際この地区を離れなければならないことは、とても寂しいことだった。
振り返ればいろいろなことがあった。いろんな思い出が駆け巡る。。
この地区でたくさんの人に出会った。
ある時は、私のベッドルームを、むかいの窓から望遠鏡でのぞかれていることに気づき、そのピソを探して、怒鳴り込みに行ったこともあった。
またある時は、私の昔の恋人に、ピソの隣の部屋の女の子が恋をし、毎晩大きな声で泣いているのが私達の部屋まで聞こえてきて、私と昔の恋人とで彼女を慰めに行ったこともあった。
(私が彼と別れた頃には、彼女にはもう別の彼ができていたが・・・)
ある日、鍵を部屋の中に置いたままドアを閉めてしまい、中に入れなくなった時、ピソの隣のベランダからつたって自分の部屋のベランダへ渡ろうとした。マンションが古いことから、植木を置くための、鉄の柵を渡るのは自殺行為だと、近所の人ノ反対されたが、私は渡る事を決意した。
私の部屋は3階で、ベランダの下には、八百屋のおじちゃんや、肉屋のおじちゃん、犬を散歩させていた男の子達などが群がって、「落ちたら支えてやるぞ!」と・・そんなこともあった。
毎朝、パンを買いに行っていた近所のカフェでは、時々コーヒーを頼み、カフェにいた近所の女の子達と、ひとしきりおしゃべりした後、リハーサルに行ったり。。
薬屋のお兄さんが、ただ薬を売りつけたいために、いろいろ薬を出してきた。私が病気で苦しんでいるのを少しも察してくれなかった事に頭にきて、大喧嘩をしたり。
2匹犬を飼っているお向かいのおばさんに、彼女の犬の種類を日本語で教えてあげたら、それ以来彼女と仲の良い関係になったり。
私が夏のコルドバのお祭りではじめて踊った時には、翌朝この地区中の人が、私がフラメンコを踊ると言う事をはじめて知ったらしく、しばらくは家を出る度に近所の人に呼び止められ、いろいろ質問攻めにあったことも。
とにかく、この地区とお別れするのは、とてもさびしく感じた。
大家のピラールは、3ヶ月前から言われていたので、私はここ2ヶ月ぐらいずっとピソを探していた。
もちろん、次は今までのような広いピソには住めない事は覚悟していた。2002年に、通貨がユーロに変わって、物価が高くなった。
それに、4年ほど前は建設ラッシュだったのだけれど、それも過ぎ、現在では急に家の値段が高くなった。4年前と比べると家賃も3倍になっていた。その値段の上がりようにただ驚くばかりで、私の家探しは思うように進まなかった。しかし、あきらめずに探していると、見つかるもの。なせばなる。
近所のバル<bar>で隣同士になったおじいさんに、今、ピソを探していると言ったら、「孫の友達のお父さんがピソを幾つも持っているから、そこに連絡してみたら。」と言う。早速、その場で携帯電話で先方に連絡をしてもらった。
空きのピソがあるとのこと。
こちらの希望額を言ったら、実際にピソを見て、気に入ったらその金額でいいだろう。と言う返事だった。
住所を教えてもらい、2時間後にそのピソの前で待ち合わせをする事に決めた。
そのピソがある場所は、今、住んでいるところから歩いて15分ぐらいのところだった。
街の中心からは近くなるところだった。私の記憶では、そのあたりは、結構新しいピソが立ち並び、中流階級が住む、きれいな地区にとても近いはずだった。
私は愛犬のルーシーために公園や広場などの緑が近くにあることを望んだ。地図を見ながら歩いていくと、目指す通りの名前が見つかった。やはり思ったとおり、きれいな新しい地区だった。
その通りは地区のはずれにあり、すこし雰囲気の違う通りだった。まるでコルドバの町を離れて、周辺の村に入り込んでしまったような感じの通りだった。
こんなところがあったなんて・・・
この通りに来るのは初めてだった。アンダルシア独特の白壁が連なったピソではなく、2階建ての一軒家が立ち並んでいた。
周りの新しい高級マンションが立ち並ぶ通りとは違う世界が、そこにはあった。
私は一目でこの通りが好きになった。
この通りに住むおじさんやおばさんが、道端に椅子を出し、レース編みをしたり、カードで遊んだりしていた。
ある家の門構えには、オリーブの木が植えてあったり、また、オレンジの木を門のかわりに植えていたりしている家もあった。
そして待ち合わせをした白い家にもたくさんの植木が飾られていた。
後ろから私の名前を呼ぶ声がした。
大家さんだった。挨拶をかわし、早速、中を見せてくれる事になった。
彼は55歳ぐらいの、おなかがすごく大きなおじさんだった。
エウヘニオというこのおじさんは、とても人柄がよさそうで、礼儀もちゃんとしていて信用できる感じだった。
建物はその通りのほかの家々と同じように2階建てになっていた。とおりから見ると、正方形の形をしていてる。中央のドアをあけて中にはいると、すぐに階段があった。白い壁に、コルドバ特有のイスラム調のタイルが埋め込まれていた。
この建物には4つピソがあると言う事だった。2階に2つ、そして1階に2つ。
階段は二階のピソのためのものだった。4つのピソは細い廊下で仕切られていた。
1階には左側のピソには、マリと呼ばれている女性が住んでいて、黒い服に身を包んでいた。きっと身内が亡くなったばかりなのだろうと思った。40才ぐらいに見えた。マリの真上に住んでいる人はゴンザロと言う男性で、仕事の関係でいつも旅ばかりに出ている人らしく、家には殆ど居ないと言う事だった。30歳ぐらいの男性らしい。
空いているピソは左側の1階と二階のピソだった。
一階のピソは日陰が多いせいで、湿気があると思い、2階のピソを見せてもらう事にした。
二階のピソには専用のテラスがついていた。日光浴をしたり、洗濯物を干したりするところだった。
ここならビキニをきて一足早目に小麦色の肌になる事も可能だと思うとうれしくなってしまった。真夏の夜、暑くて眠れない夜は、テラスで眠れるかもしれない・・。
周りを見てものぞかれる心配などはなさそうだった。
ただ、隣に住むゴンザロからは見られる可能性はあるが、彼はいつも留守だと言うし、心配は要らないだろうと思った。
すぐにでも住みたいと思ったが、もう一度家の中をよく見てから決めるべきだと思ったので、真剣に水の出をチェックしたり、ガスを調べたりした。キッチンは、なかなかよかった。
バスとトイレは小さくて、シャワーだけだった。でもシャワーだけなのはアンダルシアの家では普通だし,昔ながらのスタイルを持つこのような家では、お風呂はまずついていない。
キッチンの横に、サロン。そして通りに面した側に部屋があった。奥には物などを収納する為の小さめの部屋があった。洋服ダンスを置いたり、着替えの場所にしよう。。私と愛犬ルーシーのだけだから、この広さで大丈夫だとおもった。
隣に住むゴンザロって、どういう方ですか?と、エウヘニオに尋ねた。
聞かなくてもよかったかな?と思ったが、想像通り、とてもよい人。と返事が返ってきた。
私は思う・・きっと私に必要であるべき人物が、私のお隣さんになるだろうと。
今まで、不必要な出会いなんて、なかったように思える。神様はいつも私が必要であるものを与えてくれているのだと思う。
たとえその時、私がのぞんでいたものとは、違っていたとしても。。。
昔の彼と別れて、2年半になる。
私がマドリードに住んでいた時、コルドバへ遊びに行くと言う友人に誘われ、はじめてコルドバを訪れた時、知り合った男性が彼だった。
彼と知りあったことがきっかけで、コルドバに住むようになった。別れた後、彼はマラガに移り住んだが、私はそのままここに住みついている。
彼と別れて、初めて一人で暮らすということを経験した。最初はとても自信がなかった。
今まで一度も一人暮らしをしたことがなかったし、寂しがり家でもあった。心細かった。
彼も、その事を心配してくれていた。
彼と別れた後、それまでつきあっていたコルドバの友人たちとの行き来がなくなってしまった。
私と彼が恋人同士だったときは、いい友達づきあいをしていたのに、彼と別れたら今までのようには行かなくなった。
私は、本当に一人になってしまっていた。。とてもさびしく感じる日が続いた。
それももう、2年半も前のこと・・・。
分かり合えなかった友人たちのことも、もう忘れかけている。
今では分かり合えなかったらそれでもいいのではないか、と思うようになった。
もし今、その昔の友人たちに出会ったとしても、はたして友人として再び付き合いたいと思うだろうか。
友人は、その時に必要だからできる物だと思う。その時、自分にとって一番大切だと思える友人がいたら十分だし、それ以上は必要でないようにも思える。
ただ私は、いつでも私を温かく迎えてくれる信頼できる友人が数人でも居てくれれば、それでいいと思っている。
孤独を味わって、初めて感じた事だった。
今は一人でいても大丈夫になった。寂しさに慣れたということではない。
生き方が変わった。一人になってみて、自分を見つめなおす時間ができた。
ただ寂しいから、暇だからと、友人を呼び出していっしょに居てもらうという事をしなくなった。
私にとって「自分」が本当の話し相手だと言う事に気づいたからだ。
彼と別れたために一人になり、孤独を味わった。。と感じていたが、そうとも言えないように思う。
人は、結局孤独なのだと思う。人生そのものが孤独であるように思う。
よく周りの人たちから早く新しい恋人見つけたり、結婚しないと寂しい人生を送る事になるよ。と言われるけれど、その寂しさに耐えられない人は、果たして人生の孤独に耐えて生きていく事ができるのであろうか。
友人に対しても、違った見方をするようになったような気がする。
寂しくても大丈夫。と気取って孤立するのは、ただ逃げているように思える。
今まで友人を理解しようと試みて、分かり合えなければ仕方がない。と、それで終わっていた。それでいいと思っていた。
今は出会って、私が好きだと思える姿勢を持っている人だったら、その人を理解しようとする以上に、自分を分かってもらえるように努力する事も大事だと思うようになった。
もっと自分を愛して、心を開いて、対話をする事がよい友人関係を作り上げていくのではないかと思う。
波風を立たせないように、口論する事を避けている、うわべだけの友達より、本当の自分をさらけ出してお互いを受け入れ認め合い、許しあい、それでもなお、友人関係を保っていこうとお互いが努力していくこと。
それが真の友人関係をつくるのではないかと思う。
これは、これからの私が目標に思うことであり、これから出会うかもしれない新しい恋人とも、このような友人関係の基盤のうえに、恋愛関係があるとうまく行くような感じがする。
昔の彼とわかれた理由の一つには、私がこの事に気づいていなかったことがあるのかもしれない。。。

