Diario
2002年10月11日
スケジュールの調整をしているうちに10月11日にしか出発できないことに気がついた。
イタリア行きは私の誕生日プレゼントだったのだろうか。
20代のころの放浪旅とちがって、ちゃんと責任を果たせるかどうかをちょっと緊張気味の出発日となった。
早朝7:45のAVE(新幹線)にのってまずマドリードへ向かうため、6:00に目覚ましが鳴るようにしていた。リハーサルとクラシックバレエ、クラシコエスパニョールのクラスが夜のpm10:00に終わり、アイロンをかけたりしていたので結局ベッドに入ったのは朝方のAM1:00。
もっと早く用意をしておけばよかったと後悔したのは目覚し時計で起こされたときだった。
でも、どちらにしても旅に出る前夜というのはいろんな意味で興奮していて眠られなくなるものだ。
携帯電話を充電するためにサロンへ言った。
友人のパコとマリア・ホセからメッセージが入っていた。
どちらからもイタリアでの成功を祈っている。またすぐにコルドバで会おう、とだった。
私はすばやく身支度をし始めた。そして最後に化粧をし始めた。
私の場合、化粧をしている間にその日の自分のスケジュールに合わせて気持ちを高めていく習慣がある。
もちろん今朝はイタリアへの出発日、気持ちが自然と高まってくる。
そんな日に限って、いつもと違う化粧をしはじめたりなんかして、時間ぎりぎりになってしまった。
急いでタクシーを呼んで、小さくまとまった手荷物をもってピソ(アパート)の外へ出た。
昨日のうちに愛犬ルーシーを下の階の獣医さんのお店に預けておいた。一週間もルーシーとお別れ。
9月10月とずっと旅行が続いてしまって、ルーシーにはとっても申し訳なく思っていた。しかし獣医さんのマリア・ホセという女性は3匹も子犬をかっていて、ルーシーとよく庭で一緒に遊んだりしている。
きっとルーシーは友達と一緒に遊べてさびしくないだろうと思った。
マリア・ホセに預けていればとても安心だった。マリア・ホセのペットショップを通るときはできるだけ足音を立てないように歩いた。
ルーシーは私のブーツの足音をよく知っていたからだ。
・AVEの中はマドリードへ通勤に行くビジネスマンでいっぱいだった。
私の座席は、若い女性の隣で、彼女はすでにセリビアから入ってきていた。
すぐにアサファタとよばれるAVEのスチュワーデスの女性がイヤホンを配りに来た。
私はイヤホンを手元のスイッチに差し込んで、クラシック音楽にチャンネルを合わせた。
セリビアから上映されてきていた、西部劇の古い映画は見たいと思わなかった。
半年前まではAVEには瞑想をするためのチャンネルがあったが、いつのまにかなくなってしまっていた。
今朝はさざ波の音をつかった、トロピカルな国の海を幻想させてくれた、あの瞑想のチャンネルを聞きたい気分がしていたのに、残念だった。
私の聞いていたクラシックのチャンネルは、ビバルディーの聞き覚えのあるような曲が終わったところだった。
目を閉じて聞いていると、とても変わったメロディーが流れてきた。
それに、とてもなつかしいように感じられた。どこかで聞いたような曲だった。
突然、情熱的な哀愁のある女性の歌声が入ってきた。
私はすぐにパレスチナの歌手ファイルースとわかった。私がイスラエルに住んでいた頃よく聞いていた歌手で、コルドバの我が家にも彼女のテープはたくさんある。
ヘルサレムのオールドシティで買いだめてきたものだった。
コルドバのイスラム大学の近くにある、アラブ人経営のティーサロンに彼女のCDが売られていたのを見つけたときは、とてもうれしくなって、すぐに買ってしまったことを思い出した。
でもいま聞こえてくる彼女の歌は初めて聴く曲だった。
彼女は私のお気に入りの歌手であるだけに、とても嬉しくなった。しかしクラシックのチャンネルなのに彼女の曲が流れるなんて変だなと思いながら最後まで彼女の曲を満喫した。
これは神様からの私への誕生日プレゼントに違いないとおもった。
ほしいものを何でも与えてくれる神様は私には存在しなかったが、私に必要なものは、よいことであれ、たとえ欲しいと思っていないことであれ、私に必要とみなされるものはいつも与えられていた。
彼女の曲が終わったあとは、パイプオルガンのバロック調の曲がかかった。
やっぱり彼女の曲がこのチャンネルにかかるのはとっても不思議だった。
この不思議なプレゼントに心から感謝した。
このたびのイタリア行きは守られている感じがした。
右側の窓から、太陽が昇り始めているのが瞼で感じられた。
彼の隣の座席の男性は体が大きく、白いTシャツをきて眠っていた。
彼を起こさずに通路に出ようとしていた。
あいにく白いTシャツの男性は背が高い人で、そのため膝下も長く、背広の男性はどのようにその膝を超えるものか四苦八苦しているようだった。
私は思わず彼の次の行動を見届けるために目が離せなくなった。
彼は40代ぐらいの男性で、まずベルトを上にあげて足を持ち上げやすくした。
そして片方の足を寝ている白いTシャツの男性の膝をまたいで通路側へ出そうとした。瞬間、もう片方の足が寝ている男性の膝に当たって彼の目がさめてしまった。
背広の男性は通路側へ渡り出ることに無事成功したものの、寝ている男性を起こしてしまったので、せっかくの彼の苦労も水の泡になってしまった。
私は思わず「もう少しだったのに残念。」と言ってしまった。
私の隣の女性も好奇心あふれた目で見守っていたようだった。
私と彼女はくすくす笑い出してしまった。
背広の男性がニッコリと微笑んでくれたのは非常にありがたく思えた。
普通だったら、というか多くの人は何度もトイレに行くわけではないから、隣の人を起こして通路へ出るだろう。
彼はとっても思いやりのある人だなと思った。
・ イタリアに来て4日がたった。
ミラノで用事を済ませた後、フィレンツェにきていた。
フィレンツェに住んでいる友人クラウディアに連絡していたので、ホテルのロビーで待っていてくれていた。
幼い頃メキシコに住んでいたため、スペイン語は母国語のようにとても上手に喋る。
昨年、彼女はいろんな面で、人生の中でとても難しい時期を迎えていた。
メキシコに住む彼女の妹に肺がんがあることが知らされたこと。家族全員がメキシコへ移住してしまったこと。フィレンツェの貴族出身の男性との不倫。そしてその男性との関係で妊娠していることがわかったこと。
身も心も疲れきっている感じだった。
彼女と三時間ぐらい話し続けたことがあったが、私は彼女を勇気付けることしかできなかった。
彼女が強くなって、自分の内なる声を聞き、納得のいく選択をし、人生を歩み続けて行ってくれることを望んでいた。
あれから8ヶ月がたっていた。
ホテルの正面ドアの向こうに彼女の笑顔が見えた。
手を高く振りかざして、ドアのところへ走りよってくるのがみえた。
私は一目で彼女がいま幸せでいるのがわかった。
・ クラウディアと友人関係を持つようになったのは今から二年前のことだった。
普段はイタリアとスペインで違う国に住んでいるし、会うことも無いのでお互いに手紙も書かなければ、電話もしない関係だったが、会えるときはお互いにに必ず連絡して会うようにしていた。
それが半年後でも一年後になっても会えば今まで会わなかった時間が帳消されてしまうような、そんな関係の友人だった。
彼女と私は今まで住んだことのある国に共通点があった。
彼女も私もアメリカの南部の後、ロンドンへ行き、イスラエルに住んだことがあった。
計算してみると、ほとんど同じ時期にそれぞれの国に住んでいたが、お互いに知り合うことは無かった。
そして今、彼女がイタリアに落ち着き、私はスペインに落ち着いたとき知り合うことができ、よい友人関係を持つことができたのである。
私は彼女が好きだった。
繊細な心をもって、いつも正直に自分の気持ちを表現することのできる人だった。
健康的な小麦色の肌に黒髪がきらきらと肩のところでゆれていた。
彼女はとてもきれいな女性だった。
私達はしばらく抱き合ったままロビーの真ん中で再会を喜んだ。
「あなたが幸せだということは一目でわかるわ。」と私は言った。
「 そう今やっと幸せになれたの。貴方はどう?また会えて嬉しいわ。色々話をすることがいっぱいあるの。」
「 どこかゆっくりすわって話ができるところへ案内して、クラウディア」
私達はフィレンツェの町の中を歩いていった。
・ 翌日昼食を一緒にとることにした。
彼女の恋人(正式な恋人)アレキサンドロを紹介したいらしかった。
彼がクラウディアの長年の不倫の相手だった。
彼女は妊娠していたが、妊娠二ヶ月目に順調に育たなくなったといった。
そしてそれが理由で、中絶しなければならなかった。と話してくれた。
彼は最近昔の奥さんと正式に離婚して、先月からクラウディアとフィレンツェの中心街にマンションを借りて一緒に暮らし始めているということだった。
彼には昔の奥さんとの間に2人の男の子がいるという。
メキシコにいる彼女の妹の手術も成功した。彼女の手術に立ち会うこともでき、しばらくメキシコに家族と住んでいたらしい。
アレキサンドロは離婚の手続きが終わったあとクラウディアをメキシコまで迎えに行ったそうだった。また来年の二月にはメキシコへ一緒に旅行するということだった。
彼女は結婚ということにあまり憧れを持っている女性ではなかった。
むしろ、そういう決まりごとに縛られないでいたいと思っている女性だった。
重要なのは2人がいつも一緒にいられるかどうか、ということだった。
だから今、彼女はアレキサンドロと理想の関係をもつことができてとても幸せに違いなかった。
アレキサンドロは苦労して離婚したものの、クラウディアには結婚の意志が無いのに少し不満の様子だった。
アレキサンドロはイタリアのフィレンツェの貴族フィオーレ家に生まれ、昔から家族ぐるみの付き合いのあった良家の次女と15歳のときに知り合い、彼女と婚約をし、23歳のときに結婚をした。
二人の男の子に恵まれ、ずっとフィレンツェに住んでいた。
いわゆるラテン系独特の保守的な育ちのよいお坊ちゃんなのである。
彼はたとえ40歳を過ぎていても、何人もの子供の父親になったからといっても、彼がその狭い世界に生きてきた保守的な考え方は変わらないだろう。
対照的にクラウディアは野性的でたくましく、いつも自分のほしいものをはっきりとしていた。
彼にしてみれば自分の持っていないものを持ち、とても大胆でたくましい彼女は魅力的に見えて仕方が無いだろう。
彼女はとても厳しくて、時にはさびしい人生を送ってきた、といっていた。
彼といると、とても精神的に楽で平和な世界で生きられる、とも言っていた。
クラウディアもアレキサンドロもいろんな障害を乗り越えてここまでたどり着けたのだ。
私は心から彼らを祝福した。
・ 今日はフィレンツェ最終日。
朝9:13のユーロスターにのってミラノへ行き、マルペンサ空港からマドリードへ帰る予定だった。
今日一日だけは日本にいる両親のために時間を費やす予定でいた。
私の両親は福岡で、イタリア、フランス製の舶来雑貨の直喩入店をしている。
中央区大名に店を出して27年目になる。
頑固な父の方針で全ての商品は直輸入もの。
ほとんど現地に行って買えそろえてきているのを売っている。
儲けは少なくとも店のカラーを大事にするという、父と母の生き方がココに反映されているような気がする。
「クリスマスのプレゼント用に店の品物を揃えたいんだけれど、今年は忙しくてイタリアへ行けそうにないの。あなた、イタリアへ仕事で行くといっていたけれど、ちょっと仕入れに行ってくれる時間はつくれる?」と母から聞かれた。
うまくいくかちょっと心配したが「いいわよ、いつ頃に行ってほしい?」といった。
「あなた、手術をした直後で本当はこんなことに頼みたくないけれど、もしあながた大丈夫なら11月までに・・・。」
今の日本人女性、とくにうちの店のお客様のニーズはスペインにいる私にはちょっと想像がつかなかった。
それに私の住む、踊りの世界とは何の関係も無い世界のことだったので、少し不安だったが、少しでも両親の手伝いがしたかった。
少しでも助けになるのなら喜んで引き受けたかった。
その夜は遅くまで仕入れについて両親に色々質問した。
まずは女性として自分がほしいな、使ってみたいな、と思うものを選んで見ようと思った。
「10月にイタリアへ行くことになったから、その時に仕入れをするわね。」
スペインから、福岡へ連絡を入れた。
・ ジュニオと最初のそして最後の夜を過ごしたのは、私のフィレンツェ滞在の最後の夜だった。
本当は彼に最初に出会ったのはフィレンツェに到着した翌々日だった。
そして二度目にあったのが、その次の日のカフェテリアだった。
私達はイタリア語とスペイン語を混ぜながら話をした。
とても互いによく似た言語なのでゆっくりと話せば理解ができたし、彼は少しスペイン語を知っていた。
彼はポルトガル語を母国語としたブラジル人だった。
ブラジル人の男性と個人的にコーヒーを飲みながら話をするのは初めてだった。
カフェテリアに向かう途中、彼の人柄を色々想像してみた。
ポルトガル語を喋るんだからポルトガル人に似ているのかな?それとも、ブラジルのカーニバルやランバーダの踊りを踊る人たちみたいに情熱的な人なのかな?と、考えてみたりした。
フィレンツェに住んでいるとはいえ、きっとブラジル人らしい人なんだろうと勝手に想像していた。
・ カフェテリアに入ると彼は私の方へ駆け寄り、自分の座っていたテーブルへ案内してくれた。
「カプチーノ?」と彼は聞いた。私は頷いた。「セニョリータ ナビラさんでしたか?」
彼は相手のことをまだよく知らない時にその人の名前を確認する独特の言い方で私に聞いた。
私は彼の顔を見つめた。
私の想像するブラジル人タイプではなかった。
どちらかというと色白の薄茶色の髪をした、顔立ちは頬骨が高く鼻の先がとてもとがっていたのが印象的だった。
繊細な顔をしていた。
でも何故かとても親しみのある感じがした。
私よりもずいぶん若く見えたせいなのだろうか。
話をしているうちに、私達はすっかり心が打ち解けていた。
前にも彼と、こうして話をしたことがあるような感じだった。
確かに彼は私よりずいぶん若かったが、とてもしっかりした考えを持った男性だった。
三年前にブラジルのサンパウロを離れ、イタリア語を修得しながらファッション関係、とくに小物の貿易に関する仕事、そして店の中でも働いていた。
将来ブラジルで防衛関係の仕事をしたいらしかった。
家族はサンパウロに住んでいて、両親が離婚をして以来、ずっとお母さんとお姉さんと弟と四人で生活していたが、けして裕福な生活ではなく、このままサンパウロにいては、将来自分の好きなことはできないだろうと感じたらしい。
それで三年前にフィレンツェにやってきたのだった。
もちろん家からの経済的な助けはまったくなく、身よりもいなかった。きっと最初は大変だったに違いない。
彼はその当時のことはあまり話したがらなかった。
フィレンツェで一人で働き、勉強している身だった。
来月はこのフィレンツェとも別れ、イギリスへ行くらしい。
英語も習得しながらファッション関係の業界をさぐって見たいらしかった。
私は彼がすぐに好きになった。
彼の堂々としたところや、毎日長時間働き続けて厳しい生活をしているのに、やつれているところが無く、野心に燃えているところが気に入ったのだった。
「あなたの夢が早く叶うことを心から祈っているわ。でもスペインへ行って修行をすることはなさそうね。貴方のスペイン語だったらビジネスに使うのには十分よ。」と私はいった。
「ありがとう」
彼は始めて自分のしていることをほめられたと言った。
嬉しそうだった。
私は、彼が経済的な理由で自分の将来の夢を断念せざる終えないようなことが無ければいいのに、と思った。
彼は座っていても背が高いというのが感じられた。
それにとてもやせていた。
今日は仕事が休みでジーンズ姿だったが、ジーンズのウエストがとても大きい感じだった。
ちゃんと栄養のあるものを食べていないんじゃないかしら、なんて、いかにも年上の女性っぽいような目で彼を見ていた。
確かに、彼の中には母性本能をくすぐるようなところがあった。
私と話をするときは努めてイタリア語を出さないようにしているようだった。
そして必ず私に敬語で話した。
「もう敬語で話すのはやめて。私のこともただナビラと呼んでくれていいのよ。」
彼は自分がいかに自然に人の心の中にとけいって、いい印象を与えているかに気づいていない感じだった。
彼の目はぬれた栗色に輝いていた。
彼の言葉はひとつひとつ丁寧で思いやりにあふれていた。
・ ジュニオに始めてあったのはファッション関係の店の中だった。
私は次の約束の時間まで一時間あったので、ブラブラと店の建ち並ぶ大通りをゆっくり歩いていた。
そして通りの向かい側にいろんな色でいっぱいのスカーフの店が目に入った。
私にはフィレンツェに訪れたもう一つの目的があった。
それは最終日に予定していたことだった。
福岡の両親が営む舶来雑貨の店の仕入れの手伝いをすることだった。
ちょうど時間があるから、あの店に入ってみようと思った。中に入ると沢山のスカーフ、ショール、革製品の小物が綺麗に飾られていた。店内はさほど広くなかったが、女性一人男性一人が働いていた。
その男性がジュニオだった。
彼はすぐに私の相手をしてくれた。
両親の店の仕入れが目的だったから、可能ならば全ての商品を見せてもらいたかった。
彼は気持ちよく商品の説明をしてくれた。
素材のことから手触りのことを、うるさく質問したが、彼はそれに答えるのを楽しんでいるようだった。
そしていろんな商品を出してきてくれて、見せてくれた。私は一目で彼に好意を持ってしまった。
彼の英語はとても正確でイタリア語のアクセントが混じったとてもユニークな喋り方だった。
好感が持てた彼の説明を聞きながら、彼の指先から目が離せなかった。
シルクのスカーフを扱うためにあるような指先の動きだった。
手の中から滑り落ちてしまうようなシルクのスカーフも、彼の手の中ではちゃんということを聞いているように見えた。
私は約束の時間が近づいていたので、15枚ぐらい選んで店においてもらうことにした。
明日支払いに来ると伝えた。
「貴方が店を出て行く前に、自分の好きなスカーフを一枚選んでください。プレゼントしたいんです。」
彼の突然の申し出にビックリしてしまった。
たくさん買ったから店長さんのサービスなのだろうか。
「店長さんがそういってくれているの?」
「いいえ。私個人からのプレゼントです。どうぞ好きなのを選んでください。」
今までスカーフやショールの説明に真剣だった彼の目が、率直に真正面から私の目の中を見つめていた。
男の子が自分のいたずらが相手に見つかったときにみせるような恥ずかしさが混じったような微笑を浮かべていたが、どこか真剣なところが目の中に伺えた。
「四日前は私の誕生日だったの。旅行中で誰からもプレゼントしてもらえなかったから嬉しいわ。まるで貴方は私の誕生日を知っていたみたいね。」
私は黒のニットにビーズが沢山ついたショールを選んだ。
イタリアのやり方は知らなかったが、私はもちろんスペインのやり方で彼の肩に手をかけ、お礼のキスを彼の頬に二度した。
これがジュニオと出会った最初の日のことだった。
・ 翌日、支払いと商品を取りに店へ再び訪れた。
レジにいた女性が私宛のメッセージだといって紙切れを私に渡した。私は中をみた。
昨日の男性の店員からだった。
フィレンツェの夜を一緒に散歩しないかという誘いだった。
待ち合わせをしたいカフェの名前と通りの名前と番地がかかれてあった。
私は喜んで一緒に行くことにした。私はレジの彼女にお礼を言って店を出た。
・ 一時間ほどたっただろうか。
ジュニオとおちあったカフェでカプチーノを飲んで、おしゃべりしたあと、2人で映画に行くことにした。
その夜はイギリス映画の日を英語で見せてくれる日だったが、2人ともあまり映画に集中できなかった。
2人とも知り合ったばかりで、話をしたいことが山のようにあって、もっとお互いのことも知りたかったので、おとなしく並んで座って映画を見るということに耐えられなかったのだ。
私達は途中で映画館を出ることにした。
もともと劇場だったらしく、内装はルネッサンス様式でバルコニーのついたすばらしい劇場だった。
舞台だったところにスクリーンを張って、今は映画館として使っていた。
黒いベルベットのカーテンを抜けると、入り口にタキシードを着た男性が入場券をチェックし、懐中電灯で足元を照らしながら席まで案内してくれた。
私達は彼にチップを渡した。
イタリアにはこのタイプの古い映画館はいくつぐらいあるのだろうか。スペインでは今ではマドリードのごくわずかな映画館しか残っていない。
・ 映画館を出たあと、私達はサンクローチュ広場のワインバーまで歩いていった。
私がおいしい赤ワインを飲みたいといったからだった。
夜中の12:00というのに、町は人々でにぎわっていた。店の中に入ったら、オーナーの女性が空いている席を案内してくれた。
彼女はブラジル人の女性だったが、フィレンツェにもう長く住んでいるらしく、イタリア人女性に間違えられるほどだった。
ジュニオはよくこの店に来ているようだった。
店の女主人をはじめ、何人かの客の中にはジュニオの知ってい人もいたが、誰も私たちのことに首を突っ込もうとする人はいなかった。
私たちはワインを飲みながら今までの人生のことなどについて話した。
・ ワインバーを出たあと、ポンテベッキオへ向かった。
橋の上には何人かの人々がフィレンツェの一番美しい夜景を見ようとやってきていた。
橋の上から、綺麗にライトアップされた川沿い、美しい町並みを私たちも楽しんだ。
私達は橋の上のちょうどバルコニーのように突き出ているところで休んだ。
私達は川の流れを見つめた。
ジュニオは私たちが足を止めているのを待っていたかのように、私を背中から抱きしめた。
すばらしい気持ちで私達はしばらく話をする気になれなかった。
そのままずっと正面から吹いてくる生暖かい風をうけながらアルノ川に移る月の光を眺めていた。
・ 「今夜ほどフィレンツェが美しいと思ったことは今までに一度も無かった。」と彼はいった。
彼の繊細なやわらかい指先が私の髪に触れた。
「ナビラ、実は君の髪の毛にずっと触れたいと思っていたんだ。」
私は彼の方を向いて彼の目を見つめた。
彼と、このようにしていることがとても自然で、前にも彼とこうした状況にいたことがあるような気がした。
なぜ、このたびフィレンツェで彼に出会ったのだろう。
何か理由があることは確かだった。
私の人生に偶然など一度も存在しなかった。
私は彼の腕の中で自分を失っていた。彼の腕の中で遠い昔を思い出しているようだった。
すべてがとても自然だった。
・ 昨夜、私達はアルノ川の川沿いの小さなホテルに泊まっていた。
ホテルにチェックインしたのは夜中の3時ごろだった。あらかじめ、レセプションで頼んでおいたモーニングコールで朝6:30に目がさめた。自分のホテルへ帰って出発の用意をして、ミラノへ向かわなければならなかった。
「いつまた会えるの?」と彼は聞いた。私は黙っていた。私達はもう再び会うことが無いことは知っているはずだった。少なくとも今の時点では次回の約束なんてお互いにできるわけが無かった。
「一緒にイギリスへ行かないか。きみならイギリスでもちゃんとやっていけるさ。」 「貴方と会えたことは一生の宝物になると思うわ。今はわからないけれど、きっと貴方に出会なければならなかった理由が後でわかると思うの。」彼も私たちが運命によって引き合わされたことを感じているようだった。
「好きになった人と別れるのは本当につらい。」と彼がいった。私はドアの前に立っていた。そして彼はまだベッドの中にいた。もう私を引き止めることはできないとわかっているようだった。そして、これからイギリス、そしてブラジルへ旅をしていくことも自分の中にはっきりと決めているようだった。もう二度と2人が再会するようなことはないと私達は知っていた。私は今すぐにでもベッドの中へ飛びこんで彼を抱きしめたいと思ったが別れがつらくなるだけだと思い、その欲望を抑えていた。
「君はとても美しかったよ。僕達の思い出もとても美しい。一生君のことは忘れないよ。」彼の言葉は私たちの別れのときを告げた。私はドアのノブに手をかけた。
「来月気をつけてイギリスへ行ってね。あなたの無事を心から祈ってるわ。貴方もとても素晴らしかったわ。貴方に会えてよかった。さようならジュニオ。」 「ナビラ、ありがとう。僕も君の幸せを祈ってるよ。黒いビーズのショールを使うたびに僕たちのことを思い出してくれ。マルペンサ空港から一度だけTelをしてほしいんだ。きっとしてくれるね。」「いいわ。じゃ、また電話で・・・。」 わたしはジュリオを残してドアの外へ出た。私の一番恐れていた瞬間だった。冷たい風が私の胸を吹き抜けていくようだった。
私も彼も“愛している”という言葉は一度もお互いに使わなかった。
・ マドリードのバラハス空港に着いた途端、私の携帯電話にメッセージが入った。
コルドバの友人、パコとマリアホセからだった。
私は彼らに帰国時間を知らせていたので、私がちゃんと到着したかどうか確認するためだった。
彼らとは友人関係になって三年が立っていた。私のことをいつも心配してくれる心の友人たちだった。
彼らの存在にはいつも感謝している。彼らのメッセージが届いたのはとても嬉しかった。
すぐに私は無事に到着したことを報告するためにメッセージを送った。
・ 翌朝、のどの痛みと高熱で目がさめた。
ホメオパシーのくすりを飲んだ。
もう何年も、風邪をひいたぐらいでは西洋のくすりを飲むことはなくなっていた。
ビタミンCをたくさんとって、ホメオパシーで治していた。。ずっと治りもはやいし、体力も損なうことが無いからだ。
まだ熱はあったものの、愛犬ルーシーを迎えに行った。
ルーシーを迎えに行くと、よほど嬉しかったのか、声にもならないほえ方で私に飛びついてきた。
私は後ろによれかかり、ルーシーからディープキッスを浴びせられることになってしまった。
その夜は特別に私のベッドの上の“足元まで”あがってくることを許してあげて、一緒に眠った。
・ 「ナビラ、ゆっくり休んだ?風邪はどう?」マリアホセが心配して電話をしてきてくれた。
「今朝はずいぶん元気になった。熱も下がったし、咳も大分治まってきた。今日もう1日休んで、明日の朝からリハーサルに出るから心配しないで。」
本当は今日からでもリハーサルに出たい気分だった。
一週間も踊りの無い日を過ごしたので、なんだか踊りまくりたい気分だった。
でも私は自分の体のことをよく知っていた。
もう一日休養する必要があった。
もう1日辛抱して、明日から始めることにした。
「明日からだなんて、本当に大丈夫なの?ちゃんと休養とったほうがいいよ、私たちは10時にはスタジオへ行っているから、もし元気になってこれるようだったら9時ごろ一応TEL入れてくれる?」
「いいわ、じゃ明日。」
私は受話器を置いた。
・ 彼女にはイタリアからのお土産にいろんな色のパスタを2袋かっていた。彼女はパスタが大好きだった。
何故なのかはわからないが、9時ごろ連絡してほしいということだったから、彼女にまずTELで連絡をして、スタジオへ向かった。
スタジオのドアの前で彼女はなんだか重たそうな物を紙袋に入れてきていた。
ずっと会えなかったから、私達は頬にキスをして、再会を喜んだ。
パコは私の頬を片手でゆすりながら、風邪をひいてしまうようなことをイタリアでしてきたのかとニヤニヤしながら私に尋ねた。
「リハーサルのあとビールでも飲みに行こうよ。そのときにゆっくりナビラにはイタリアのことを聞きましょうよ。」とマリアホセが私にウィンクしながらいった。
私はいつも自分の感情や気分の状態が表情にでていると皆から言われていたが、多分このときもそうだったのだろう。
彼らには隠せなかった。
マリアホセの持っていた紙袋は、私へのプレゼントだった。
なすの味のきいたオリーブの実の瓶詰めだった。
彼女の住む地区しか売っていないオリーブで私の大好物だった。
私はすぐに、どうして彼女が朝連絡をして欲しかったのかが分かった。私はお礼を言った。
「見て、ナビラ。私リュックのかばんをマーケットで買ったの。どう思う?」彼女は後ろにかけていた新しい茶色のリュックかばんを私に見せた。
彼女は週の日曜日に開かれるマーケットの近くにすんでいて、生まれて育ったところも同じ地区だった。
彼女の両親や親戚も皆近くに住んでいる地区だった。
マリアホセはマーケットの隅から隅まで何が売ってあるのかをよく知っていた。
だからおもしろくて安いバッグや洋服を毎週買いに行くのが楽しみの一つだった。
「またリュック買ったの?マリアホセ!今度はそのリュックにいくら払ったの?」
彼女は、よいものをどれだけ安く手に入れたかを自慢するのが好きだった。
だから私はいくらで買ったのかを聞いた。
今日は珍しく払った値段を自慢したくないらしかった。
「どうかわいい?」
「うん。とってもおしゃれ。」
彼女はリュックをはずして私に向き直った。
「これあなたのものよ!お誕生日おめでとう!」
彼女は私の誕生日プレゼントのためにリュックを買っていたのだ。
「ありがとう、茶色のリュックは貴方も知っていたと思うけど、ずっと前からほしかったのよ。だから貴方が自分のために買ったのかと思ったからちょっと嫉妬したのよ!でも私へのプレゼントだったなんて、嬉しいわ、ありがとう。」
彼女の首に腕を回して頬にキスをした。
・ リハーサルは二時間。
そしてそのあとはフラメンコのクラスが二時間あった。
リハーサルは、クラシコエスパニョールが中心に行われた。
いつでも仕事が入ってきたときには踊れるように、いつもリハーサルはかかせなかった。
フラメンコはパコによって行われた。
ホメオパシーで風邪を治しておいてよかったと思った。体力が失われていなかったからだ。
ただ、一週間踊っていなかったので、ウォーミングアップに少し時間がかかった。
その日のフラメンコのクラスには、バレエアンダルーサ舞踊団に所属している、今、第一線で活躍している踊り子たちが何人か来ていた。
それにマドリードのサルスエラ劇場で舞台をしている踊り子たちもきていた。
パコは今活躍している踊り手たちがクラスを受けに来る時は、とてもはりきって難しい振り付けや足打ちを教えて、私たちに躍らせるのであった。
クラスの中はとても緊張した雰囲気だった。
誰もがお互いの踊り方をチェックしていて、よいところは盗んで自分の物にしようと考えていた。
パコは生徒それぞれに自分の個性を出すように要求した。
わたしはいつもの自分の世界へ戻って来れたことにホッとして嬉しくなった。
今までイタリアにいて、遅れをとった分、早くいつものペースに戻したかった。

