Vista de Cordoba
![]() |
|
| コルドバの夜景 |
コルドバの町は、アンダルシア州の北部に位置していて、周りを、山脈に囲まれた、 盆地になっています。
人口は、40万人、セビリア、グラナダに続いて、最も、訪れる観光客が多いまちのひとつです。
昔、8世紀ごろから、約711年間、イスラム教徒によって、コルドバの町はもちろん、アンダルシア全体が、支配されていたことで、今でも当時のイスラム的文化や習慣が、人々の生活の中に、生き続いていて、エキゾチックな町でもあります。
コルドバの郷土料理や、よく使われている言葉にも、当時の、イスラム教徒の、習慣が見られ、又、遺跡の多い町としても知られています。
![]() |
|
| メスキータの塔 |
2メートル掘ると、イスラム帝国時代のものが、そして、4メートル掘ると、その前の時代の、ローマ時代のものが、出てくるといわれています。工事をするときは、必ず、祈祷されて、どうか遺跡が出てきませんように、、、とお祈りされます。
と言うのは、遺跡が出てくると、工事が中断されて、発掘作業に変わってしまうからです。
コルドバは、今でこそ、小さな町ですが、イスラム帝国時代は、人口が、100万人も150万人もいたといわれています。そして、その名を歴史に 残す有名な学者や、医者、芸術家たちが、このもっとも、近代的で、アラビア文化の発祥地であった、コルドバに、住んでいたと言われています。
世界の中心地とも言われた時代もありました。
ピーター、オトウールが主演する映画、=アラビアン、ローレンス=にも、コルドバの町がその時代、もっとも、進んだ、近代的 だった町であったと会話に出てきています。
その頃の時代に建てられた、イスラム教徒がお祈りをする場所、モスクを、スペイン語でメスキ―タと呼びます。
![]() |
|
| メスキータの中 |
コルドバのメスキータは、その中庭も含めて、約17000平方メートルもある敷地を持ち、西洋では、もっとも大きく、最も古いメスキータとして知られてい ます。ただ、イスラム帝国が滅びてからは、キリスト教の持ち物になってしまいました。
アンダルシアにあったメスキータは全て壊されてしましたが、この、コルドバの メスキータは、あまりにもすばらしかったので、壊さずに、中で、キリスト教徒がお祈りできるようにと、教会が作られてしまいました。
ですから、同じ建物の中に、2つの異なった宗教の、礼拝堂を持つという、世界的にも、異物の建物として知られています。
メスキータは、コルドバに流れる、グアダルキビール川沿いのユダヤ人街の中にあり、コルドバのシンボルになっています。
![]() |
|
| ユダヤ人街 |
2重になったしましま のアーチは、赤レンガと、石灰岩で作られていて、軽い材質が選ばれています。その理由は、当時、地震がとても多かったからです。たくさん並んだ柱は重たい天井を支えるためと、周りの壁が全て空いていたので横からの圧力を支えるために、アーチが考え出されました。
そして、地震のゆれといっしょにゆれるように、柱頭と柱と地面の間に、黒い鉛がはめ込まれていて、クッションの役目をしています。
1200年経った今も壊れることなく、存在しています。
当時の建築の技法がどんなに、近代的だったかが伺われることでしょう。
![]() |
|
| アルカサール「王宮」の庭園 |
![]() |
|
| 私の家のある通り |
この写真は私のコルドバの家の窓辺から。アンダルシア独特の家が立ち並ぶ。








